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大阪地方裁判所 平成9年(行ウ)44号 判決

原告

北村忠男

右訴訟代理人弁護士

津留崎直美

被告

東住吉税務署長 加幡修

右指定代理人

下村眞美

田中康弘

原田一信

木本正行

菊川邦則

浅野由佳

主文

一  原告の平成四年分ないし平成六年分の所得税について、被告が平成八年二月二八日付けでした各更正処分(ただし、平成四年分及び平成六年分については異議決定により一部取り消された後のもの)の取消しを求める原告の訴えのうち、平成四年分の総所得金額一七一万円、平成五年分の総所得金額二一七万九五八〇円、平成六年分の総所得金額二一〇万九二一五円を超えない部分の取消しを求める部分をいずれも却下する。

二  原告の平成四年分の所得税について、被告が原告に対して平成八年二月二八日付けでした更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(ただし、異議決定により一部取り消された後のもの)のうち、事業所得金額一二二〇万九〇三八円を超える部分を取り消す。

三  原告の平成五年分の所得税について、被告が原告に対して平成八年二月二八日付けでした更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分のうち、事業所得金額九八二万〇四〇六円を超える部分を取り消す。

四  原告の平成六年分の所得税について、被告が原告に対して平成八年二月二八日付けでした更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(ただし、異議決定により一部取り消された後のもの)のうち、事業所得金額六九四万一一九〇円を超える部分を取り消す。

五  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

六  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の、その余を被告の各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し、平成八年二月二八日付けでした原告の平成四年分ないし平成六年分(以下、合わせて「本件各年分」という。)の所得税についての各更正処分(ただし平成四年分及び平成六年分については異議決定により一部取り消された後のもの)及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件各処分」という。)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

(一) 主文第一項と同旨。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  本案の答弁

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、肩書住所地に居住し、大阪市平野区加美北九丁目六番六号において「北村鍍金工業所」の屋号により電気メッキ業、「くろ潮」の店名により飲食店業を営む者である。

2  原告は、本件各年分の所得税につき、別紙「課税の経緯」の確定申告欄のとおりの日時に同欄のとおりの内容の白色申告書による確定申告をした。

3  被告は、平成八年二月二八日、右「課税の経緯」の更正処分等欄のとおり、原告の本件各年分の所得税につき、本件各処分をした。

4  原告は、平成八年四月二五日、本件各処分につき、被告に対して異議申立てをしたところ、被告は、同年七月九日付けで、右「課税の経緯」の異議決定欄のとおり、異議決定をした。

5  原告は、平成八年八月八日、国税不服審判所長に対し、右決定につき審査請求をしたが、国税不服審判所長は、平成九年三月二五日付けで、右審査請求をいずれも棄却し、その裁決書は、同年四月三日、原告に送達された。

6  本件各処分は、次のとおり違法である。

(一) 本件各処分に至る税務調査の手続には次のとおりの違法があり、これに基づく本件各処分も違法である。

(1) 被告の部下職員は、原告の本件各年分の所得税及び消費税の調査のため、平成七年九月一一日、事前に調査日時、場所を通知せずに、突然原告方を訪れた。その後も、被告の部下職員は、同月二六日、平成八年一月一六日、同月二二日、二六日及び同年二月一五日、事前の連絡なく、原告の事業所を訪れた。

(2) 被告の部下職員は、右の調査に際し、原告が調査理由の開示を求めたにもかかわらず、「申告された所得金額及び消費税額が正しいかどうかの確認のための調査である。」というだけで、それ以上の調査理由を明らかにしなかった。

(3) 被告の部下職員は、平成七年九月二二日午後三時ころ、原告の事業所に調査のために訪れ、原告が立会を依頼した第三者の退席を求めたが、原告がこれに応じなかったので、調査をしなかった。被告の部下職員は、同年一〇月二〇日、同年一一月一〇日、同月二二日、、同年一二月一日の調査に際しても、原告の依頼した第三者の立会を認めなかった。

(4) 被告の部下職員は、原告の同意も得ないまま、一方的に、原告の取引先に対する反面調査をした。

(二) 本件各処分の処分通知書には更正の理由が附記されていない。

(三) 本件各処分は、原告の本件各年分の事業所得金額を過大に認定して行った違法なものである。

7  よって、原告は、被告に対し、本件各処分の取消しを求める。

二  被告の本案前の主張

原告は、本件各年分の所得税について、平成四年分の総所得金額を一七一万円、平成五年分の総所得金額を二一七万九五八〇円、平成六年分の総所得金額を二一〇万九二一五円として確定申告をしており、原告自身その範囲においては所得があることを自認している。したがって、本件各処分のうち、右各金額を超えない部分については、取消しを求める利益がない。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、原告が電気メッキ業を営むことは認め、その余は知らない。

2  同2ないし4の事実は認める。

3  同5の事実のうち、裁決書が原告に到達した日時は知らないが、その余は認める。

4  同6(一)(1)ないし(4)及び(二)の事実は認め、その余の主張は争う。

四  被告の主張

1  税務調査の実施の日時、場所の事前通知をするか、調査の理由及び必要性を個別・具体的に告知するか、第三者の立会を認めるか、反面調査をするかなどは税務職員の合理的な裁量に委ねられており、原告に対する調査において右裁量の逸脱があったとはいえない。

2  所得税法(以下「法」という。)上、本件各処分には、更正の理由を附記する必要はない(法一五五条二項参照)。

3  原告は、本件各年分の事業につき、帳簿その他の的確な資料を備え付けておらず、売上原価及び一般経費を実額で認定することができないから、これを推計により認定する必要がある。

4  原告の本件各年分それぞれの売上金額、特別経費の額、事業専従者控除額、事業所得の金額は、別表1の〈1〉及び〈4〉ないし〈6〉のとおりである。

(一) 売上金額

内訳は、別表2「売上金額明細表」のとおりである。

(二) 算出所得金額

それぞれ、(一)の売上金額に別表1の〈2〉の平均算出所得率をそれぞれ乗じて算出した金額である。右平均算出所得率は別表3ないし5のとおり、原告の同業者五名の算出所得率の平均値である。

(三) 特別経費の額

原告が、メッキ業の事業所に係る家賃として田中敏勝及び田中政雄に対して支払った金額である。

(四) 事業専従者控除額

原告の妻北村マサ子に係るものである。

(五) 事業所得の金額

(二)の算出所得金額から(三)の特別経費の額及び(四)の事業専従者控除額を控除した金額である。

5  別表3ないし5の同業者五名は、いずれも、(1) 青色申告書により所得税の確定申告をしていること、(2) 電気メッキ業(メッキ基材が主としてアルミであるものを除く。)を営んでいること、(3) 右(2)以外の事業を営んでいないこと、(4) 事業専従者が妻だけであること、(5) 事業所が大阪府下の税務署管内にあること、(6) 年間を通じて事業を営んでいること、(7) 売上金額が二八〇〇万円以上一億五四〇〇万円未満であること、(8) 対象年分の所得税について不服申立て又は訴訟が係属中でないこと、以上の各条件を充たす者であり、原告と業種、業態、事業場所及び事業規模等において類似性がある。

なお、メッキ基材が主としてアルミであるものを除くとの条件を設けた理由は、原告がメッキ基材としてアルミを取り扱っていないこと、アルミは腐食に非常に弱いという特性があり、他の金属材料とは違った処理液、工程が必要となること、アルミを扱う業者は、一般的に屋号や広告の中にその旨を表示していることなどである。

6  同業者五名は青色申告をした者であるから、その申告内容に基づいて算出された算出所得率の数値はその正確性が担保されており、これらの平均値を用いて原告の本件各年分の算出所得金額を推計することには合理性がある。

五  被告の主張に対する認否及び反論

1  被告による原告の事業所得金額の計算の内、

(一) 別表1の〈1〉の売上金額は認める。

(二) 別表1の〈3〉の算出所得金額は否認する。後記のとおり、被告主張の同業者の平均算出所得率を用いて原告の算出所得金額を推計するのは合理性がない。

(三)(1) 別表1の〈4〉の家賃(消費税分を除く。)は認める。しかし、原告は、これに消費税を加えた五一九万一二〇〇円を本件各年の期間中毎年賃貸人に支払っており、この全額が特別経費として認められるべきである。

(2) 原告は、活魚料理店「くろ潮」の店舗の購入のための借入金に対する支払利息として、平成四年分四一三万八五九四円、平成五年分三九八万七〇六八円、平成六年分三八二万四二六四円(以下、これらを併せて「本件支払利息」という。)を八光信用金庫に対して支払ったが、これは事業用資産購入のための借入金に対する支払利息であるから、事業所得の金額の計算上必要経費と認められるべきものである。

なお、原告は、本件各年分の期間中、本件店舗における飲食店業を休業していたが、一時休業していたに過ぎず、休業中に家庭用に利用されていたわけではない。

(四) 別表1の〈5〉の事業専従者控除額は認める。

2  被告の推計には、以下のとおり、合理性がない。

(一) 被告は、右各推計の基礎となった同業者五名の青色申告書を書証として提出しないため、被告が推計に用いた同業者の売上金額等には裏付ける的確な証拠が存在しない。

(二) 電気メッキ業界においては、亜鉛電気メッキ、金メッキ、硬質クロームメッキなどの業態があり、メッキ工程において必要となるメッキ液(公害処理が必要である。)や電力、加工賃などの各点において大きな違いがあり、そのいずれに該当するかによって利益率は著しく異なる。

原告は、亜鉛電気メッキを行っているが、亜鉛電気メッキによって金メッキや硬質クロームメッキと同程度の売上を上げるためには、それらの一〇倍以上のメッキ液が必要であり、公害処理費用も余計にかかる。また、電力についても、金メッキの二五倍、硬質クロームメッキの五倍の電気施設が必要である。更に、一キログラム当りの単価についても、亜鉛電気メッキが最も安価であり(その中でも、原告が行っているユニクロ・クロメート表面処理の小物は最も単価が低い。)、金メッキの二五〇分の一以下、硬質クロームメッキの一〇〇〇分の一以下である。

加えて、原告の扱っている亜鉛電気メッキは、メッキ業界の中でも競争が激しく、値崩れが起きている。

被告が推計の基礎として使用した同業者五名には原告と著しく業態等の異なる金メッキ業者なども含まれている可能性があり、被告の推計には合理性はない。

(三) 被告は、別表3ないし5において、異議決定段階で推計の基礎としていた五名の同業者の内三名を除外し、代わりに三名(東成A、旭A、豊能A)の同業者を加えて五名の同業者を抽出しているが、その抽出基準には合理的な理由はなく、基準の設定が恣意的である。

また、被告は、異議決定段階では、同業者の平均算出所得率について、各同業者の売上金額から売上原価及び一般経費のみならず、特別経費をも控除した所得金額で売上金額を除して所得率を算出する方法を用いていたのに対し、別表3ないし5においては、売上金額から売上原価及び一般経費のみを控除した算出所得金額を売上金額で除して算出所得率を算出する方法を用いており、推計方法を恣意的に使い分けている。

(四) 被告が抽出した同業者のうち、東大阪A及び東大阪Bは異議決定段階においても抽出されていた同業者と推測されるが、その特別経費額を逆算すると別表6のとおり、各年毎に大きく変動しており、このような業者を同業者に加えた推計に合理性はない。

(五) 因みに、原告の本件各年分の申告所得金額に原告主張の支払利息を加えたものを仮に原告の所得金額としてみると、所得率は、平成四年分が七・六三パーセント、平成五年分が九・九四パーセント、平成六年分が一〇・五二パーセントであり、本件各処分以前については、昭和六三年分が八・五パーセント、平成元年分が七・三パーセント、平成二年分が六・一五パーセント(ただし、いずれも飲食業も営んでいた時期のもので、メッキ業だけの所得率は更に低い。)であり、昭和六三年分から平成二年分の申告については、原告は被告から更正処分を受けていない。これらの所得率と比べて、被告が推計に用いた所得率は二四・七五パーセントから二八・六四パーセントであり、はるかに高く、合理性がない。

六  被告の再反論

原告は、その主張に係る飲食店の店舗購入に係る本件支払利息も経費として控除すべきであると主張する。しかし、右店舗は、本件各年分の期間中営業していなかったから、本件支払利息は必要経費には該当しない。

理由

一  請求原因1の事実のうち、原告が電気メッキ業を営むこと、同2ないし4の各事実、同5の事実のうち、原告が国税不服審判所長に対し、審査請求をしたこと及び右審査請求がいずれも棄却されたこと、同6(一)(1)ないし(4)及び(二)の各事実、以上は当事者間に争いがない。

二  まず、原告は、本件各処分の全部の取消しを求めているが、本件各年分の所得金額について、別紙「課税の経緯」の確定申告欄記載のとおり、自らの総所得金額を、平成四年分は一七一万円、平成二年分は二一七万九五八〇円、平成三年分は二一〇万九二一五円として確定申告をしているのであって、右確定申告額を超えない部分はその範囲においては所得があることを原告自身が認めているものと考えられる。そうすると、右部分の取消しを求める利益はないと解される。

よって、本件訴えのうち、本件各処分のうち右の範囲の取消しを求める部分は不適法であるから、いずれも却下せざるを得ない。

三  税務調査における違法事由の存否について判断する。

1  被告及びその部下職員による原告に対する税務調査の内容及び本件各処分に至る経緯については、前記一の争いがない事実、甲四、乙四、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおり認められる。

(一)  原告は、昭和六二年分までの所得税については、会計事務所に税務申告手続を委任し、青色申告書による申告をしていた。当時は、原告に対する税務調査がされる場合は、事前に原告に通知がなされ、税理士資格を有しない第三者の立会も認められていた。

原告は、昭和六三年に平野民主商工会に加入し、同年分以降の確定申告は白色申告書によって行うようになり、本件各年分の所得税についても、別紙「課税の経緯」の確定申告欄記載のとおり、白色申告書による確定申告をした。

(二)  被告の部下職員は、原告に事前に予告することなく、平成七年九月一一日、所得税及び消費税の調査のため原告の事業所に臨場したところ、原告から日を改めて再臨場するよう求められ、同月二二日を次回調査期日と合意し、帰庁した。

部下職員が、同月二二日、原告の事業所に再臨場したところ、その場に平野民主商工会事務局長及び同商工会会員が同席したため、部下職員はその退席を求めた。しかし、原告がこれに応じなかったため、部下職員は調査を進めることができなかった。

(三)  部下職員は、同年九月二六日にも事前の通知をせずに原告の事業所に臨場し、同年一〇月二〇日は原告と事前に日時を調整した上、原告の事業所に臨場し、原告から売上帳、納品書の控えの一部、取引銀行の出入表の提示を受けた。

さらに、部下職員は、同年一一月一〇日、同月二二日及び一二月一日にも、原告事業所に臨場し、一二月一日には、原告に経費に関する原始資料の提示を求めたが、原告は、経費について帳簿をつけていないと言い、段ボール箱の中に入れられたメッキ液によって汚損され、判読できない状況の書類を指して、これが経費に関する書類であり、阪神大地震の際に汚損したものであると説明した。部下職員は、右書類等から、実額により原告の所得金額を把握するのは困難であると判断した。

なお、同年一〇月二〇日以降の調査に際しては、いずれも平野民主商工会の事務局員が調査開始時に同席したが、中途から部下職員の要請に応じて退席した。

(四)  部下職員は、その後も、平成八年二月一五日までに合計六回、原告の事業所及び東住吉税務署署内で、原告に対し、実額による所得計算ができない以上、推計によってこれを認定せざるを得ないことを説明し、修正申告の慫慂をしたが、原告はこれに応じなかった。

(五)  部下職員は、平成七年一二月、原告の売上金額の確認をとるため、原告に連絡することなく、取引先に対し、反面調査を行った。

(六)  被告は、平成八年二月二八日付けで、原告に対し、本件各処分を行った。

2  税務調査について、その範囲、程度、時期、場所等実体法上特段の定めのない実施の細目については、調査の必要性と相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な裁量に委ねられていると解される(最三小決昭和四八年七月一〇日・刑集二七巻七号一二〇五号等参照)。

右1で認定した事実によれば、被告の部下職員による調査の方法が、合理的な裁量の範囲を逸脱した違法なものであるとは認められず、また、他に被告又は被告の部下職員の調査が違法であるとする事由は、認めるに足りない。

請求原因6(一)の主張は理由がない。

四  請求原因6(二)については、更正の理由を附記しなければならないのは青色申告書にかかる所得金額等の更正に限られるもので(法一五五条二項)、原告は、前記のとおり、本件各年分の所得税について白色申告書による申告をしたのであるから、本件各処分に更正の理由を附記しなかったことは何んら違法とはいえない。

請求原因6(二)の主張は、失当である。

五  次に、本件各年分の原告の所得税の各課税要件について検討する。

1  被告の主張4のうち、売上金額が別表1の〈1〉記載の額であること、特別経費の家賃額(消費税分を除く。)が少なくとも同表〈4〉記載の額であること、事業専従者控除額が同表〈5〉記載の額であること、以上は当事者間に争いがない。

2  前記一及び右1の争いがない事実、甲一ないし一三、二五ないし二七、乙一ないし四、六、一〇ないし一四(いずれも枝番を含む。)、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、大阪市平野区で「北村鍍金工業所」との屋号で亜鉛電気メッキ業を昭和四〇年ころから現在まで営んでおり、妻である北村マサ子がその事業に専従している。

原告は、本件各年分の間、主として亜鉛電気メッキ業により収益を挙げたが、その売上金額は、別表1の〈1〉記載の額である。

(二)  電気メッキは、メッキ業のなかでも最も一般的なものであり、そのなかでは亜鉛電気メッキが主流である。原告が行うメッキの工程や公害対策は、ごく一般的なもので、業界内で特異な方法ではない。

(三)  原告は、メッキ業に係る事業所の家賃として田中敏勝ないし田中政雄に対し、年額五一九万一二〇〇円(内消費税相当額一五万一二〇〇円)を支払った。

(四)  原告は、そもそも本件各年分のメッキ業の経費に関し、帳簿を作成しておらず、またその原始資料も整理しておらず、売上や経費に関する書類を全く証拠として提出せず、本件口頭弁論期日において、本件各年分の所得について実額による主張をしない旨を明らかにしている。

(五)  本件各処分について、(1) 青色申告書により所得税の確定申告書を提出していること、(2) 電気メッキ業(被メッキ物であるメッキ基材が主としてアルミであるものを除く。)を営んでいること、(3) 右(2)以外の事業を営んでいないこと、(4) 事業専従者が妻だけであること、(5) 事業所が大阪府下の税務署管内にあること、(6) 年間を通じて事業を営んでいること、(7) 売上金額が二八〇〇万円以上一億五四〇〇万円未満であること、(8) 対象年分の所得税について不服申立て又は訴訟が係属中でないことの各条件を充たす原告の同業者は、別表3ないし5の各「納税者名」欄の同業者五名であり、それぞれの本件各年分の売上金額、売上原価及び一般経費の額、算出所得金額、産出所得率及びその平均算出所得率は、別表3ないし5の〈1〉ないし〈4〉のとおりである。

(六)  原告は、昭和六二年一〇月に八光信用金庫平野支店から資金を借り入れて大阪市平野区所在の店舗及びその敷地を自己及び妻の共有名義で購入し、昭和六二年一一月一九日に北村マサ子名義で大阪市長から飲食店営業許可を受け、同月から「くろ潮」との店名で飲食店の営業を開始した。

しかし、原告は、原告及びその妻が交通事故に遭ったこと、原告らの息子が不登校になったことなどから、平成三年六月に同店の営業を中止し、右の営業許可も、同年一一月三〇日にその有効期間の満了により失効し、以後、原告は、本件各年分を含めて同店の営業をしたことはない。

なお、北村マサ子は、平成七年一月一〇日、大阪市平野保健所に対し、廃業の手続を行った。ただし、原告は、同店に係る電力及び水道の供給契約は存続させ、基本料金の支払を継続し、また、飲食業に使用する什器備品等はそのまま店内に保管していた。そして、原告は、平成八年五月七日に自己名義の飲食店営業許可を改めて申請し、同年七月二日付けで営業許可を取得し、そのころ、「くろ潮」の営業を再開した。

3  右2のとおりの事実関係と本件訴訟の経過に照らすと、本件各年分の原告の売上原価及び一般経費は、これを推計によって算出する必要があるというべきである。そこで、被告の主張する推計について検討する。

(一)  別表3ないし5の各同業者は、原告と業種、業態、事業内の地域性、規模において一応の類似性を有し、また、それぞれの売上金額や売上原価及び一般経費の額は、いずれも青色申告書に基づくもので一応正確なものといえるから、本件各年分の原告のメッキ業による売上金額に、右各同業者五名の算出所得率の平均値を乗じる方法で、本件各年分の原告の算出所得金額を推計する被告主張の方法は、原告が実額による何らの反証もしない本件においては、一応の合理性を有するとの見方もあり得る。

(二)  これに対し、原告は、同じ電気メッキ業の中でも、原告のような亜鉛メッキか、金メッキか、硬質クロームメッキかなどによって業態や業界内の競争の厳しさが異なり、その結果、利益率が著しく異なるにもかかわらず、これを区別しないで抽出した同業者五名の平均算出所得率を用いた被告の主張する推計には合理性がないと主張する。

(三)  そして、同業者五名の算出所得率をみると、平成四年分は、最大が豊能Aで四五・〇四パーセント、最小が東大阪Aで一八・三八パーセント、平成五年分は、最大が豊能Aで四一・二八パーセント、最小が旭Aで二〇・三八パーセント、平成六年分は、最大が豊能Aで三二・〇四パーセント、最小が東大阪Aで一八・八五パーセントであり、約二倍以上の差があることもあり、相当の偏差があるといわざるを得ない。そして、その原因について、原告の主張するようにメッキの種類や方法による業態の相違及び業界内の競争等の影響によるものであるのかどうかなどのより厳密な検討は、被告が右各同業者のメッキの種類の違いなどを更に明らかにしない以上、不明であるといわざるを得ない。

また、被告は、同業者の条件として、主としてメッキ基材がアルミであるものを除くとしたことについて、所得率との関係で何んら合理的な理由を主張・立証をしていない。のみならず、法人と個人の相違はあるものの、中小企業の経営指標(甲一五ないし二一)によれば、従業員数が一名から二〇名までの溶融メッキ業、電気メッキ業の「売上高対営業利益率」は、せいぜい五パーセント台であるのに対し、別表3ないし5の各〈4〉の欄の同業者の平均算出所得率は、平成四年分が二八パーセント、平成五年分が二八・六四パーセント、平成六年分が二四・七五パーセントであり、著しく高いものとなっている。そして、何故これ程までに利益率が異なるのか、被告から合理的な説明の主張や立証はない。

これらの諸点に鑑みると、被告が主張する推計方法のまま売上原価及び一般経費を推計するのは、その利益率がやや高くなり過ぎるもので、合理性があるかどうか疑問といわざるを得ない。

(四)  そこで、右同業者五名のうち、豊能Aの算出所得率が本件各年分のいずれにおいても同業者中最高であり、しかもその他の同業者との開きが格段に大きく、豊能Aには、メッキの種類や方法などが他の同業者と異なるなど何らかの特殊な要因がある可能性も考えられるので、原告の算出所得金額については、豊能Aを除外した他の同業者四名の平均所得率により、これを本件各年分の原告の売上金額に乗ずる方法によるのが相当である。このようにすると、豊能Aを除外したその余の同業者四名の算出所得率は、平成四年分においては最大が二七・〇三パーセント、最小が一八・三八パーセントであり、平成五年分においては最大が三一・三九パーセント、最小が二〇・三八パーセントであり、平成六年分においては最大が二八・一八パーセント、最小が一八・八五パーセントであり、いずれも極めて大きな隔りはなくなり、かような推計こそ合理性があるというべきである。

(五)  右の方法によると、右同業者四名の平均算出所得率は、別表7の(一)ないし(三)のとおり、平成四年分が二三・七五パーセント、平成五年分が二五・四九パーセント、平成六年分が二二・九三パーセントであり(いずれも小数点第三位以下四捨五入)、これらを原告の本件各年分の売上金額に乗じると、原告の算出所得金額は、別表8の〈3〉のとおり平成四年分が一八二〇万〇二三八円、同五年分が一五八一万一六〇六円、同六年分が一二九三万二三九〇円となる(いずれも一円未満の金額を四捨五入)。

(六)  以上のとおりであり、右(五)のとおりの各金額を算出所得金額と認めるのが相当である。

(七)  なお、原告は、右推計の基礎とした同業者の青色申告決算書が書証として提出されておらず、被告が提出した同業者調査表(乙三の1ないし31)は、訴訟提起後、一方当事者が関与して作成されたものであるから、その証拠価値がないと主張する。しかし、確かに青色申告決算書自体が書証として提出されなければ、右同業者調査表の証拠価値がある程度減殺されることは否定できない(前記(三)の判断も、これを前提とする。)が、これに基づく被告の推計の合理性がそれだけで基本的に否定されるとまではいえない。原告の右主張は採用できない。

(八)  原告は、また、被告が、異議決定の段階と本訴において、抽出した同業者の一部を別の同業者と交換していること、推計方法を変更していることから、被告による同業者の選択及び推計方法には合理性がないと主張する。

しかし、本件訴訟において、原告も被告も、実額又は最も合理的であると考える推計方法を主張・立証すれば良いのであって、被告の主張が異議決定の段階での主張に拘束されるものでもない。また、被告は、異議決定においては各同業者の個別の事情による特別経費の影響を考慮しない推計方法を採用していたのに対し、本訴では、特別経費の影響を排除した推計方法を主張しているのであり、後者の方が前者より合理的であると考えられる。原告の右主張も採用できない。

(九)  原告は、さらに、同業者である東大阪A及びBは、特別経費の額が各年毎に大きく変動しており、これらの業者の数値を推計の基礎として用いることに合理性はないと主張する。

しかし、前記の判断における推計方法は、各同業者の特別経費の額を除外して算出されているから、原告の右主張は理由がない。

4  特別経費としての家賃額は、右2で認定した事実によれば、本件各年分についてそれぞれ五一九万一二〇〇円となる。

5  原告は、飲食店「くろ潮」の店舗購入に係る借入金の本件支払利息も経費として控除するべきであると主張する。

しかし、前記2の認定のとおり、原告は、本件各年分の期間を含む約五年間、飲食業を現実に営業していた事実がない以上、本件支払利息は、事業所得の必要経費とはならないといわざるを得ない。

6  以上のとおりであるから、原告の本件分の事業所得金額は、別表8の〈6〉のとおり、平成四年分が一二二〇万九〇三八円、平成五年分が九八二万〇四〇六円、平成六年分が六九四万一一九〇円となる。

六  以上のとおりであり、本件各処分(ただし、平成四年分及び平成六年分については異議決定により一部取り消された後のもの)のうち、原告の確定申告による総所得金額を超えない部分の取消を求める本件訴えの部分は不適法であるからこれを却下し、平成四年分につき事業所得金額一二二〇万九〇三八円を超える部分、平成五年分につき事業所得金額九八二万〇四〇六円を超える部分、平成六年分につき事業所得金額六九四万一一九〇円を超える部分は、右それぞれ違法であるから、それぞれその限度でこれを取り消し、原告のその余の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 八木良一 裁判官 平野哲郎 裁判官 山田真依子)

別紙 課税の経緯

〈省略〉

別表1

原告の事業所得金額の計算

〈省略〉

別表2

売上金額明細表

〈省略〉

別表3

同業者の算出所得率表(平成4年分)

〈省略〉

別表4

同業者の算出所得率表(平成5年分)

〈省略〉

別表5

同業者の算出所得率表(平成6年分)

〈省略〉

別表6

異議決定 同業者記号A/同業者調査票

〈省略〉

異議決定 同業者記号E/同業者調査票

〈省略〉

別表7(一)

同業者の算出所得率表(平成4年度分)

〈省略〉

別表7(二)

同業者の算出所得率表(平成5年度分)

〈省略〉

別表7(三)

同業者の算出所得率表(平成6年度分)

〈省略〉

別表8

原告の事業所得金額(裁判所認定額)

〈省略〉

判決(変更判決)(平成一二年三月三一日)

原告 北村忠男

右訴訟代理人弁護士 津留崎直美

被告 東住吉税務署長 加幡修

右指定代理人 下村眞美

主文

右当事者間の平成九年(行ワ)第四四号ないし第四六号所得税更正処分取消請求事件につき平成一二年三月三〇日当裁判所が言い渡した判決を、その主文第三項、及び理由中の三九頁一一行目「平成五年分につき事業所得金額九八二万〇四〇六円を超える部分、」の記載をいずれも削除して変更する。

理由

右判決に法令の違反(平成五年分の原告の所得税について、被告が原告に対して平成八年二月二八日付けでした更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分は、認定された総所得金額の範囲内のもので適法である。)がある。

よって、民訴法二五六条により、主文のとおり変更の判決をする。

大阪地方裁判所第七民事部

裁判長裁判官 八木良一

裁判官 平野哲郎

裁判官 山田真依子

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